ドカに私を合わせるのでは無く
ドカを私に合わせよう
私の心次第でどおにでも

モデファイは1ヶ所ずつが効果を実感しやすい、予算も丁度いい!?。

 

●最初にやった事は
シルバー・ブルーのイモラタイプをサーモンピンクに自分で塗装
誰が見ても私のドカになった。

 

●2番目は
マグホイールにした、Rタイヤ110のままでは費用対効果が実感できなかった、
当たり前田のミスマッチ。
タイヤを適正サイズにして、
前後サスを換えてブレーキ周りを強化して行ったら、
意味が徐々に感じられた。 

自分って何だろう!?、
考えることが好きで、
考えて居るとだんだん落ち着いて行く自分、
出たとこの人生みたいだけど、考えて人生が貯まっていて、
PC.みたいにホルダーにはきちんと保存されていないけど、
何かの時に、出たとこに、
気がつけば、ホルダーから適当に出て来て、
気がつけば、いつもの自分をやっている、
記憶の中のキーワードが出て来たり、
誰かの仕草だったり、
何気ない一言だったり、
そんなのが、すごく力になって来た
だから、人とのヤリトリが好き、
ヤリトリが力をくれた、
力をあげられるヤリトリをしたい、
そんな人にもなりたい、
知識をホルダーに入れとく時代になっちゃったけど、
自分はやっぱり、経験をホルダーに貯めといて、
後は、でたとこ人生かな!?、
結果的に言えてるんだけど。

その1)マロッシが壊れちゃって手に入らない、離れ業を使いデロルトの加速ポンプを潰してマロッシ風に作り変え、だから私のキャブはデロッシ、マロルトでも正解。
 
その2)41Φのマロッシを1コ知人から頂く、手持ちを41Φにボーリングしてフロント用も完成、スクリューの位置が裏側にいっちゃったけど、こんなドカもイタリィー。
 
その3)ブレンボの効きが今一つなので国産4ポットに、キャリパーを左右逆に付けたらロゴが隠れてブレンボ風のオレンボが出来上がり。
 
その4)イモラタイプで来たけれど、FRP.のタンクをアルミに替えたら曲線が丸くなっちゃった、エッジの効いてる感じのNCR.タンクに変更したらイモCR.タイプのドカの出来上がり。

仕事で現場廻りをしていた頃、ある駐車場で10インチのホワイトリボンに観音開きのルノーを見かけました、案の定ボンネットを上げて隙間だらけのエンジンルームを見せてくれました、自分で刷毛で塗った様な茶色のボディーと「古い車はお地蔵さんです」が記憶に残って居ます。
2年前、事故で壊れたドカとドカに乗れない自分が残りました、と思って居たある日お地蔵さんは皆んなに囲まれて居ました。
「かまくら道」の、ある峠のアッチ側に北を向いてるお地蔵さんが在ります、コッチ側にドカ屋さんが在ります、私のお地蔵さんがドカ向いてるか解らないのもそんな背景のお陰様!?。

居ても立ってもいられなくて会いに行ったり、居ても立ってもいられなくて休暇を取って店まで出掛けたり、居ても立ってもいられなくて夜遅くまで屋外で作業したり、裸電球の下だったり、街路灯の下だったり、こんな私に付き合ってくれる友人・先輩・師匠が身近にイタリー、作業してると連絡も無く突然現れる友人がイタリア、平日の昼間なのに!?。

会わない不安と会う不安、同じ不安なら会わなきゃ損々。
30才で二輪の免許、お陰でドカに会えた
40才過ぎて大型免許、お陰でドカに会えた
ドカに会えたお陰で皆んなに逢えた
ここで逢ったが積もり積もって
一期一会が積もり積もって、ドカおやじのドカな人生

腕前が上がらないのは動体視力の影響?、ならば年相応に遠近両用メガネにした。
箱根に行く前に家族サービスで海水浴へ、調子に乗ってメガネを海に流してしまった。
カンパのホイールが1本太平洋に流れて行った、腕前はナンタルチーアの元のまま。

日曜日のある日の箱根、「こんなに良い天気なのにアチコチガラ空きだったよ」「お父さん何言ってるの、運動会シーズンだよ、山行ってる親父はドカおやじだけだよ」運動会日和とドカ日和とまたまた勘違い。

「ドカのお陰で人生が変わりませんでした」
戦後直ぐ生まれた私は民主主義の世で育てられました、でも日本は民主主義の経験が無いので誰も本当の民主主義を教えてくれませんでした。
取り合えず、民主主義の経験の無い世の中や大人に反発する事から私の民主主義は始まりました。
疑問に思う事、反発出来る事、行動出来る事、上手く説明出来なくても自分の感性で決められる自由が私の思う民主主義でした。
生まれてから自分の家庭を持つまでの30年間は背負うものが無かったので、「自由」が民主主義のキーワードでした。
家庭を持ってからは自由だけでは進めませんでした、自由の結果に対して「責任」が付いて来ました、そんな時に自由のオマケでシングルドカが付いて来ました。
自由に付き合いました、家族ともドカとも世の中とも、過去に囚われず自由に進めて見ました。
子供達が親から離れだした頃、ドカその2がやって来ました、友人がフルカウルのドカに乗るからと譲ってくれました。
私のドカって不思議です、周りの皆んなが寄って集って面倒見てくれちゃいました、ついでに私の面倒も見てくれちゃいました、まるで街外れに立つお地蔵さんみたいです。
ドカの世界では疑問に思ったり、反発したり、上手く説明出来なくても自分の感性で行動出来ました、気が付けば日常生活も同様でした。
だから私のドカは私の応援団長です。
ドカのお陰で人生変わりませんでした、お地蔵さんの関係者の皆様、ありが10ございました、これからもドカ4649お願いします。