先読みして次に備える事より、今に集中すると楽しい走りが出来る。
一寸した直線でも、取り合えず空けて走ってみると楽しい、ドカっぽい走りが出来る!?。

最終コーナーと思ったら次のコーナーの始まりだったり
最終コーナーの先はゴールだったりゴールは次の始まりだったり
定年は最終コーナーでは無かった。

自分のドカを楽しむ 自分とドカを楽しむ
自分のドカの走りを楽しめるようになったら60歳
吾がままに自分のドカを楽しめるようになったら60歳

他人が居るから自分が居る。
新人類が居るから旧人類が居る。
新しいドカが在るから旧いドカが在る。
と、思える節も有る。
自分が居なくなれば世の中も無くなるんだけど!?。
若者だけでも何か変
年寄りだけでも何か変
適当に混ざった状態になれないもんか、
でも、若者といっしょに居られる自信はまったく無いけど
年寄りと一緒に居る自信は無いと、若者も曰く
なあ~んだ、一緒じゃん

自分で居られる、自分探しの道具それがドカ!?。
ドカに乗ってる時の自分と普段の自分とドカが違うんだろう
ただ単に集中してるかどうかの違い、人の多面性!?
いつもドカに乗って居たい、ドカに乗ってる自分で居たい

ヨーロッパのある国では、MC.に乗ってる事がジェントルマンだそうです。
ドカに乗ってればジェントルマン?、心の余裕がドカに乗る資格
いつまでもドカに乗って居たい、いつまでもジェントルマンで居たい
独りよがりになって来たこの頃

自分流を通すか、時代流で行くか
時代に流されないか、時代に流されるか
と言うより、振り返ってみたら自分流だった
心はいつも自由で居たい、ドカの世界だけでは無いけど
この頃は、時代に流れて見ても自分流かもと思えて来た

4月から、休みの日は箱根通いが始まった
週2~3回帰路に足柄SA.に寄って、Mac.でハンバーガー定食が日課になった。
80円のハンバーガーと100円グループの中から何かを選ぶ、
そして飲み物は足柄茶0円、180円か200円で済んでしまう。
良い世の中になったと思ったり、割安の面白さに振り回されてる思ったり、
自分の本性が見えちゃう、面白さ&辛さ。

自分の後姿が前に在って後姿をトレースしてる
だから格好良く走らなくっちゃ
格好良い姿勢を保って格好良く走りたい
格好良い後姿を目指して

心技体がバランスしてるうちはドカに乗れるけど。
心→脳天気、いいとこ探し、フリー
技→年々上手くなってる感じが有る
体→乗りやすいドカだったり、走りやすいルートだったり、無理しない状況で走れてるうちは、あまり意識しないけど、疲れちゃうと年令を意識しちゃう。
疲れないドカ・疲れない心・ゆっくり上手くなれば、何とかバランスしてられる!?。

知らない事はいい事
情報に影響されず自分の感性で進めるから
結果的に同じになっても回り道しても
わが道を歩けて納得

みんな自分の応援団、自分を応援するために生きているのかも。
自分の居場所を探している自分の応援団、自分って。

親身になってドカの面倒を見てくれるメカさんが居るから、乗り続けられる。
親身に囲まれて居るから、乗り続けられる、いつかはこちらが親身側の人になろう。

(その1)平日の大観山駐車場、近郊から自家用車利用の年配の観光客、「気持ちの良い天気ですね」に始まって世間話、いつの間にか朝作ってきたオコワのオムスビまで頂いちゃって、みんな親戚気分の親近感、富士山までもリラックス。
(その2)40歳過ぎて、気が付けば大型二輪に乗りたくなって試験場通い50人中1~2名合格の毎度、ある日アメリカ人の少年と同じグループになる、一旦停止でははみだすわ両足付くわ、走行中キープレフトしないわ、コーナリングもお行儀悪いしで日本人の誰が見ても不合格だった。
発表後、彼は納得できず試験官に食って掛かってた、先読みして今後の事も考えて自分を納得させてしまう我ら日本人より、彼のアメリカ少年に親近感を感じてしまった。
未だ未だ、ドカ屋さんにストレートに物言えない自分に再反省。

仕事って何なんだろう
ひょっとしたら生かされて居るのかも知れ無い
「必要にされていれば、職人は居なくなら無い」
なーんだ自分が必要としていればいいのか、
ドカに乗り続けて居ればいいのか、
メカニックさんは居なくならない、私に必要だから。

時代を生きる、時代に生きる
今を生きる、今に活きる
私のドカ(岸ドカ)とは?
時代の側に立つか、自分の側に立つか
自分の側で進めて見たい、私のドカだから

性に合う、合わない そもそも本性って!?。

長く続けるには 長く続くには
教えてくれる ヒントを呉れる
繰り返しに付き合ってくれる そんな師匠の存在が大きい
小さかったり、大きかったり ドカドカ15年を振り返って

・ドカの定番を教えてくれた師匠
・岸ドカ作りに付き合ってくれた師匠
・この頃いつもタイムリーな答えをしてくれる師匠
・30年前に宿題をくれた師匠!?

一寸した師匠が少なくなった、身近に師匠が居ると一寸した手本が出来る
そこに一寸先の自分が居たり、将来の自分が居たり、反面教師が居たり
師匠に、教わったり・反発したり・卒業したり

ベベル15年・モーターサイクル30年
「守」始めの5年はドカ屋さんがドカを教えてくれた、こちらのペースに合わせて。
「破」次の5年は何だったのだろう、漠然と、自分なりに模索して、気持ちもドカバタ。
「離」この頃の師匠はモーターサイクルを教えてくれた、レースの世界をイメージして、
ドカを通して自分がやりたかった事が見えて来た、寄り添ってくれた。
気が付いたら、二輪車の免許を取った出発点に辿り着いて居た。
30年前の宿題と師匠が待っててくれた。
振り返って見ると、守が破に、破が離に、守も離に繋がった。
じゃあ離の次は!、30年前から15年前へ守守から離離へ?。
15年前の自分に戻った これから自分の始まり
自分の基本に戻った 自分の基本って!?
守・破・離の繰り返し、師匠の繰り返し、
自分も、世間の支障にならない様な師匠になれたら、世の中繰り返し。

趣味は何かが残って行く
思い出、経験、いい気分、納得
道楽は何かが減っていく
時間、お金、しょうが無い(あきらめ)

知らないと、知った時に新鮮 知らない事に出会った時に新鮮
だから知らない事は幸せ
ドカを知らなくて良かった 知った時出会った時に自分で決められた
情報に惑わされず、模範解答に照らし合わせてでは無く
自分の感性で判断出来た、今までを振り返って見ると

 

この頃思う、自分で判断しなきゃならないのは、時にシンドイ
歳と共にパワーが無くなって来たから? 何かと折り合いが付いてきたから

 

自分の後姿が前方に見えて来たから 自分が見えて来たから

13Φのナット2本でタンクが簡単に外せたり、プラグ交換も簡単に出来たり、我がドカは隙間だらけのお陰で、眺めているとドカなりそうな気がして来て、トラブル解決が積もり積もって、いつのまにか揃った車載工具。
ハゼットやスタビレイが何となくお気に入り、でも行きつけの工具屋さんに通ってる内に面白くて色々になりました、プロトは知ってたけどスナップオンは知らなかった。

囚われない事
自分に囚われない 周りに囚われない

日常のストレス解消でドカに乗ってる人も居る。
皆んな建前社会で生きてるんだ、本音と建前の使い分けでバランスを取ってるんだ。
どこでも我がままで来た自分は幸せ者。
私のストレスはドカに乗る事だけ!?。

ドカのセルフステアと私のセルフステア(心のまま)とバランスが取れると楽しい。
ドカが持っているステアリング特性、私が持っているバランス感覚(能力・本能)。
ドカのまま&私のまま。

気が向くと、勝手に川瀬さんに会いに行きます。
ドカ屋さんなのでドカで行きます、川瀬さんはどかに出掛けて居たり居なかったり。
待って居ると本人が現れなくて、怪しい人から超優しい人まで入れ替わりで登場します。
尋ねた本人が居なくて、ドカのおやじが座って居て遠慮無く話しかけるので、こちらも怪しい人と思われていた事でしょう。
私はそんなヤリトリが面白くて会えなくても会いに行ってます、20年続いて居ます。

 

ドカ生活の前半は250シングルに乗ってました、後半は900に乗ってます。
900ドカも私も一緒に成長を続けました、成長の大部分は川瀬さんの存在が大です。
川瀬さんも怪しい人ですが、ドカに関しては怪しくない人です。
ドカって、自分を表現できる不思議なモーターサイクルです。
「ドカとある日」を振り返って見ると、私の場合は生き様まで出ちゃいました。
川瀬さんとのヤリトリはドキドキで、自分のセンスが問われる場面が多かったです。
お互いの性格で、でたとこで決めた事が大部分でした。
そんな時の川瀬さんの一言は気に入っちゃいます、「ずーと乗るなら」と言われちゃ「そりゃ乗りますよ」で最初の腰上OH.と有鉛ガソリン対策が決まりました。
箱根帰りに「ブレーキが効かないんです」「下りがガチャガチャです」「下りのコーナーでトントン跳ねるんです」と言って置くと、数ヶ月するとオレンボ?の4ポットが登場したり、M1Rやオーリンズが登場しました。
「2・3速がつばきライン・長尾峠にしっくり来ない」「加速ポンプが低速でお尻を叩かれてる感じで合わない」、Rスプロケの歯数が変わり、デロルトがマロッシに替わり、楽しい箱根通いが続き私もドカも成長し続けました。
程好いインターバルなので、ウチのカミさんの目の釣り上がりも程好いと思って居ます。

 

合理的に説明出来無い部分の面白さ、利害関係だけでは説明出来無い関係、好きとか気に入ってるとか同じ空気を吸ってる感じとか、言葉で表現出来切れない世界で心に良い経験が出来てます。
気が付けばドカは私の分身になっています、ドカの誰かさん達のお陰です。